「生物の多様性」とは何を意味するのか?「保全」とは何をどうすることなのか?保全のためのシステムや制度はどうあるべきか?保全の現実のためにそれぞれのセクター(特にNGO)が果たすべき役割のあり方は?
実践的な野生生物保全活動に取り組むための基本的な考え方を研究しています。JWCSでは理論研究会の成果をもとに毎年事業を推進しています。また、2001年から普及教育の重要性を考えて、保全教育研究会をたちあげました。
保全教育研究会
保全教育研究会は、教育の現場に携わっている小・中・高の先生を中心に、研究者、動物園の教育普及関係者、JWCSのボランティアなどで構成されています。
研究会での議論の成果として、小・中・高校生向けの授業用資料集「絶滅の危機にある野生動物について」を2001年夏に作成しました。これは、研究会メンバーの教員が実際に授業で使用し、そこで得られたものを反映しながら作成されたものです。
小・中・高校生向けビデオ付き「授業用資料集」
~ 絶滅の危機にある野生動物について~人間の商業利用がおもな原因で、絶滅の危機に瀕する野生動物5種(トラ・ゾウ・タイマイ・サイ・クマ)を取り上げています。これらの動物の生態や分布、商業利用の現状をまとめた資料集とビデオがセットになっています。
ビデオでは、動物たちの野生に生きる美しい姿、また密猟された動物が日本やアジアの国々で、漢方薬や印鑑、アクセサリーとして販売されている様子など、野生動物をとりまく「今」を解説しています。(全29分)
資料集にはコピーするだけですぐに授業で使えるワークシートが付いています。
| 対象授業 | 高校生:理科IIB、理科総合、総合学習 中学生:選択理科、道徳、総合学習 小学生:理科、道徳、総合学習 |
理論研究会において、広く野生生物保全の問題にかかわる諸概念についての検討を中心にしていくことになった。なぜそのような継続的研究を今提起したのかについて、責任ある者として、但し私見を交えて論じておきたい。
野生生物保全論研究会は、会の発足、前駆的段階から「論研究」会として自らその性格を規定してきた。理論研究が会の柱だからである。会の代表者として度々述べているように、その理論研究は野生生物保全、ひいてはいわゆる自然保護運動の実践的なものであり、いわゆる学問研究上の理論研究とは異なる部分があるのは明らかである。また、その実践は教育実践などに代表される実践や市民運動などでのいわゆる実践とも、いささか異なっている。レベルという表現を許してもらえば、地球レベルでの野生生物保全のための戦略を含めた実践なのである。そして実践の方法を含め、誤解を恐れずにいえば、保全の実践のための理論研究の会なのである。野生生物保全学の確立を願いつつといいたいのでもある。保全という概念も問い直されねばならないが、それらは研究の目的の一部を成すのでここでは論じないでおくが、「なぜ『今』」野生生物保全にかかわる諸概念を検討課題としたかを、以下に述べておきたい。なおざりにすると、上に述べた実践に差し障ると感じたからである。
現在保全に関わる諸概念がとくに日本においては、NGO、行政を含めて多用されるようになったが、その用いられ方に問題が多い。それがマスコミにも汎用されて一般化する勢いにあるからである。これが問い直しの基本的理由の一つである。
もちろん、小さなJWCSがこの勢いをただすことはできない。しかし、提示することは、意義がある。JWCSは小さな団体であるから。野生生物保全よりは利用推進を本来の目的とする勢力に対抗するためには、調査した事実などその成果を明示して多くの人々の支援をめざさねばならない。現代では開発利用が本音の勢力であっても、様々な方法で自然や野生生物の保護などを表明する。内外の多くの人々にその本音を見極めてもらうためにも問い直した概念の提示を必要とすると思う。
もう一つの理由は、会の特殊性(国際性及び理論研究の成果に基く)に基いた、主体性の強化のためである。JWCSは先に述べたように理論研究が柱であるからであるが、とくに将来の活動家の理論向上に役立てるためもある。
JWCSは将来は国際的諸団体と協力して、国際環境政策として地球上の野生生物界保全の力を拡大していきたいと思っている。現在は地球レベルでの保全の実践は調査などによるCITESの効果的な実施と野生生物保全のための前進への寄与、途上国での真に保全する側へのささやかな支援などを行っている。理論研究も将来の質的発展のための一段階として位置付けてもいる。
第二の基本的理由は、内外のさまざまな団体や国家の状況の変化が最近急速に自然や野生生物界に大きな影響を与えていることにある。直接的にはCITESに影響を及ぼすWTOなどの国際貿易等の、そしてその根源にある内外の政治経済状況の急速な変化がある。この中で実践的研究と実践的戦略をうち立てるためには、状況の把握と日本の現実を考慮しつつ特殊的な理論研究が必要である。テキストや文書があるわけでもなく、また国際的NGOの方針に追随していくわけにもいかない。それでもなおいやそれだからこそ、先見的な試みをし、失敗も含め結果から学び発展させるべきだと考えている。それが「なぜ今の」基本事由なのである。
本会はシンクタンク的な会でもあるし、「自由」な立場のNGOらしいNGOである。学問的裏づけと、明確な自然と野生生物保全の立場に立つ(ひいてはそれが人間のためにもなるとの論理的な根拠を持つ)理念と理論を持ち、それを歴史に留めておきたい、少くとも国際的なNGOの中の少数ではあっても、理解を示してくれる団体もあるからである。
現在日本国内では、底に利用をひそめた「現実的」な国際的環境・自然保護NGOが参入してきた。また、WWF-JやTRAFFIC-J(今はEast Asia)などの組織も、運動の方向が変化している。思いつく関連課題の概念としては、Sustainableの訳語や解釈の差異がある。この事態から分かるように、概念の問い直しの必要性・緊急性が示されている。拙速ではならないが、実践的知のあり方に則していかねば現実に対応はできない。
現在の状況下では、2つの問題点がある。現状の把握、概念の内容そのものが、学問的な検討を要し、現実の使用内容や状況の検討には専門的な力が必要である。会員外にも協力者を求めねばならない。良心的なあるいは理念的な協力者への呼びかけを成し遂げるにも、諸概念の具体的な提案をし、将来への改善を視野に入れた上でフランクに協力者の指摘理解を生かし実践的に研究していかねばならない。もう一つは今この一文を書きながら、「タマちゃん」をめぐる人々の動きに一層の必要性と難しさを感じた。この会が示そうとしている野生生物保全の論理的実践的構想と、野生動物に関心を持つ人々の(動物への関心は、集まった人の一部が持つだけかも知れないが)現わし出す社会現象との間に、余りにも大きな溝があるからである。このアザラシに対する心配と、クジラやゾウ、海ガメに思いを及ぼすことの間の溝である。しかし、ある視点に立てば、そのような現実を論理的にとらえ、少なくとも溝の架橋を考えることを含めた、諸概念の問い直しが必要なのではあるまいか。それには概念研究の成果に基く教育(一般の人々にも論理的思考を呼びかけることも含めて)の課題が重要となる。
そこでいわゆる市民の意識を含めて、国内の実態にかかわる理由をつけ加えておきたい。
「環境にやさしく」が、流行したことがある。いや今でも巷にはこのコトバは拡がったままである。しかし、ある種のウサン臭さを指摘する声もあった。流行させられた「感」もなきにしもあらずである。よく考えつめれば、いっそうわからなくなるともいわれた。そもそも環境問題のはしりの「公」害もまた、本来は「私」による害ではないかとの声もあった。しかし、現在では定着しているように見える。シリアスに物事を論理的に追求しないで、「こころ」構えを強調する言説は、現代社会のこれらに共通している。こうした傾向は、主にNHKに代表されるマスコミで醸成されていくのだろう。うっぷんがつもるのも人間の性格で、バッシングは一方では必ず生み出されていく。マスコミが全て歩調を揃えたときのバッシングは、またムードを作りあおって一段とひどさを増してきている。社会現象でのこうした事例に事欠かないし、最近では国際的政治的なものとことなっている。
野生生物保全に関していえば、捕鯨問題がその一つだ。クジラにとって幸いだったのは、国際世論が(日本側からすればバッシングされているとなろうが)同調していなかった点だ。今後は変化しそうでもあるが-。
環境にやさしくにもどると、批判的に見る側にとっても、やさしくが悪いのではない点で、批判的論理はかえって難しい。批判すべき点はきちんと対処すべき内容や問うべき責任などがうやむやになる可能性と、公ならぬ私害を追求する動きが鈍るといった点である。その意識につなぐことがあいまいになりかねない。もちろん、公害の公は、害が公共空間に及ぶという意味もある。それやこれやで、概念を明確にする理論的研究が欠かせないのである。
環境NGOは、やさしくに対して簡単に肯定せず批判的だったので、多少の救いはあるといえそうだが、現在流行しかけている「自然再生」となると、環境・自然保護NGOも異を唱えないようである。私は明確に「自然の再生」はできないと述べたことがある。一方では、失われた野生生物種は再生できないとの表明には、行政にもNGO側にもほとんど異論は聞かれない。にもかかわらず「自然再生」が唱えられるのは、野生生物は自然ではないのか、自然は景観なのか、自然概念が問われるのである。現代の自然は人間化、社会的文化の下にある。社会化された自然という概念(私も用いている)との関係上理論的追求は欠かせない。また、環境にやさしくと同様に、開発破壊に向かうのみの土木工事を転換する上で、自然再生は社会的に「より良くなる」方向への選択に資する現実的な点もある。この例のように多角的な検討の必要な概念も多い。しかも、現実に拡がっている概念のさまざまなありかたが、急速に多くなっている。こうした社会的現実その他についても把握しながら、基本概念を貫くという会のありかたによって、概念を問い直していきたいと念じている。
おばらひでお(JWCS理事/女子栄養大学名誉教授)
JWCS会報No.33号2003年5月9日発行 より

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